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「体力だいじょぶですかー!」と舷側、河内漁協の嶋田さんから声。

 

「体力だいじょぶですかー!」と舷側、河内漁協の嶋田さんから声。

 だいじょぶです、と返事。

 こちらからも「船酔いだいじょぶですか?!!!」と尋ねる。

 この波ではそうとう厳しいはずだ。(案の定嶋田さんはのちほど船酔いがひどかったらしい)

 ただしこのかろうじて楽しめる状況も一歩間違うと将棋や碁並べといっしょで気がついたら破局。ということがある。

 たとえばボクひとりでなく他に複数のカヤックがいたら。1艇がころぶ可能性があれば、2艇転ぶ可能性がある。

 そのときのレスキューは漁船では難しい。3艇転べば、、判断が遅ければ行方不明が出る可能性が高くなる。

 カタストロフは複合要素で起きる。チェーンリアクションだ。現実の世界にはブラインドコーナーがいくつもある。特に自然相手の場合大抵の場合王手飛車とり的に3方向くらいで押さえられた時、無理したときに事故になっている。天候、体力、装備、判断、時間という要素がすべてリスクに変わるときがある。

 冒険というのは無謀なことをやることがそうなのではなく、分かれ道において可能性がより残っている方向へリスクヘッジしながら選択していくということだと思う。それはチェスや将棋ににていた。見えない戦略がどこかで進行しているのだ。気がついたら負けている。気がついたらいなくなっている。気がついたら退路が断たれている。そこからのリカバリーはもうできない。

「思ったより風がなかったな」と拡声器でマドさんの声。

 同感だ。

 前進。

「あと8つです!」海苔用のいかだがあと8つということだ。この時期かなり沖合まで養殖のいかだが出ている。

 しばらく比較的おだやかな海を前進。こんな時でも飛ぶ鳥がいる。しかししばらくすると様相が厳しくなって来た。どのくらいたったか「熊本の県境越えました!」嶋田さん。の声。風が強い。白波が右から襲ってくる。波と風は自然エネルギーの本体でカヤックはその境界をいくものだ。この乗り物で海をいくということは地球に直接触ることだ。 カヤックは風が吹いてくる方向に頭を向ける構造になっている。

 この場合右から強烈な風がくるので右にバウ(舳先)がむく。押さえるには

 右にリーンする、左に転回する作用を出すためだ。がこの波では効果は薄いし、危険。右側を多く強く漕ぐ。これはできる。がいつも一定ではかえってあぶない。からだの一部を酷使するのもきつい。パドルを左後方にあてるスターンラダー。これもあり。幸い波が風除けになってくれる。またその斜面を使って一漕ぎ一漕ぎで進行をコントロールできる。

 ラダーを思い切り左にきって右へ頭をふるのに対向する。当て舵。これはできる。ぼくの左足はほぼこのあとずっとラダーのペダルをフルに踏んでいた。

 いくつかの方法を複合させて針路を保持、南西に上陸予定地、島原復興アリーナはあるが、ほぼバウは真西をむいているはずだ。なおかつ前進。パドルからしぶきが顔にとんでくる。口の中は海水でしょっぱい。サングラスを外す余裕もない。後方で波の崩れる音。船首側左のコードに挟んだ密書は無事だ。

 歌を歌う。黙っていると思考が止まりやすい。思考が止まると身体もとまりやすい。「サンタルチア」をがなりつつパドリングを続ける。進行方向右からくる波に注意をそそぐ。ひとつひとつの波が違う。どれも受け止めていかなければならない。

「左にむかっていいですよ、もうちょっと左」の指示が何度か出る。わかっているのでトライするがいかんせん風のエネルギーが強すぎる。

 そのままなんとか耐えながら前進を続ける。ややもすると諫早のほうにバウが向く。

 左数キロをオーシャンアローがいく。これも気になっていた。斜めではなく一気に航路を横断するほうがリスクは少ない。

 航路を横切る途中でトラブったらまずいだろう。どこかで左に方向を変える必要があったが北風がぼくとカヤックの首根っこをがっちりおさえていた。それに波が足払いをかけてくる感じだ。やや暗くなってきた。左前方の普賢に雲、そこから光が差して美しい。こんなときでも美しいと感じるのか。