申し訳ないが飯を皆でゆっくり食べている暇はない。

  申し訳ないが飯を皆でゆっくり食べている暇はない。行動食で移動しながら各自食すと指示を出してあった。

「え?みな適当に車のなかで食ってるよ。もういくよ。」とテーブルを前にベンツの後部座席に座ったナベに話す。

 渡辺、通称ナベはメシをくわないと動けない。ART-PLEXの会議の最中でも買ってきた菓子パンやブラックサンダーなどをひとりで食べている。炭水化物命なのだ。また酒を飲むと正体もなくその場で崩れ落ちたように寝てしまう。路上で寝てドロボーにあい新聞ネタになったこともある。

 知ってはいたが、ここも見切り発車。ナベは途中でピノキオのようにエネルギーを使い果たして倒れるかもしれない。枯れ木のようにたち尽くして気絶するかもしれない。しかたがない。どんどん行く。15ものセクションでいちいち記念写真やらトイレ休憩やら、点呼などやっていたらすぐ1時間半はロスしてしまう。

「みなさんおそろいですか?」「トイレ休憩よろしいですか?」「はいここでお土産買いましょうね。」などと甘やかすガイドさんはいない。「日暮れまで」というのは変えられない条件だ。

 締め切りは伸ばせてもお天道様の動きは変えられない。自然はやさしくはない。たんたんと運行していく時空のひろがりだ、自然に優しい、などというのは本末転倒でもある。

 本来自然に守られているくせにそれを忘れているだけのことだ。

 それはある意味とてもシビアな条件であり、このリレーはアドベンチャーの要素を多分に持っている。海洋や夜間走行を含む180kmの行程でなにかひとつ間違えばだれかが危険にさらされる。

 フィジカルにもメンタルにも負担の少ない合理的なコース編成にはなっているがムリをしないためにはロスをなくすことが大事だ。まじめに遊ばないとケガをする。

 満月が窓の外を上下しつつ流れていく。キャラバンは九州中部の山地を越えていく。木の枝の黒い影。エンジンのうなりとカーブを切っていくG。後輪のサスペンションの動きが仰向けになったぼくの背中に伝わる。ここはどこだ、もう大分だろうか。何時だろう。

 ゆで卵2個、サンドイッチ、などはすでに最初の段階で食べてしまった。おにぎりも2個。腹一杯に食べるのも問題が有る。セーブするくらいが走るにはいいだろう。

 バーボンを少しだけ飲む。野口と後部座席で。

「ほんとは飲みたいねこういった場合」「ですねー」「まあ観光じゃないから」「ですねー」

 レデぃゴーという別名を持つ野口のキャラクターショーは初めて見た人間を笑いの発作で金縛りにしてしまうスットンキョーなすごさを持っている。サングラスにアフロヘアーのready GOはハリウッドに住んでいるという設定だったがれっきとした熊本育ちの西区役所勤め、二人の子持ちである。

 Art-plex の打ち上げレセプションにやつがreadyGOとして登場すると全てをモッテッてしまう。まじめな市職員だけにギャップがすごいのである。

 野口が席にもどってしまったのであとはひたすら横に。3台の車は東へ闇の中を走っている。床に近いスピーカーのBGMがうるさいのでナビ長に小さくしてもらうよう頼む。ジェットストリームなんて聞くのは学生時代以来だ。ラジオの音は深夜にあう。半眼で月をみているうちに23時20分過ぎ、佐賀関についた。

 暗いよるにたたずむ鉄鋼の町。煙突がみえる。ひっそりとした町並み。岬の向こうは豊予海峡。四国佐田岬までの十数キロは激しく流れていることだろう。ぼくには懐かしい、思い出すたび、こゝろの底の方にふるえの蘇る海だ。数年前のある払暁、老婆のひとりたたずむ黒の浜という灯台下から漕ぎ出した。巨大な川のような海峡。南へ下れば太平洋へつながる豊後水道だ。

 きょうはここから陸路で逆の方向へ180kmをチームでいく。ここにきてしまったらもう行くしかないではないか。ここに至って「あれは冗談ではなかったんだ」「わいらほんまにやるんやな」ということである。

 くるまからおりて、しまった店舗の前で準備運動などしているとどこからか浅川記録班長の車があらわれた。同乗しているのは記録班サブの森。海舟らが上陸後最初に宿泊した徳応寺に参内。石段を皆で登る。

 広い寺の前庭。月の光で薄い銀の幕がかかったようだ。みんなの影がうっすらと地面に映っている。それぞれの中に長い夜を走る不安があり、それがそのまま影になったような。だがここまできたら走るしかない。われわれはひとりではない。それがぼくらを勇気づけていた。

 


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